本間岳人(名古屋・大学生宣教団体スタッフ)

JCに来たきっかけ

同僚である妻との結婚を機に、JCに来始めました。それまでは、実家がある埼玉の教会に行っていたのですが、東京西部の大学を拠点に働いていたため、距離が近い教会にキリストを信じたばかりの大学生を誘いやすいと思ったことが理由でした。

 

JCの何がよかったのか

1)聖書から教えられたこと

「数年間、宣教団体スタッフとして働き、様々なことを学び、経験した。私はクリスチャンとしてかなり成熟しているはずだ…」心の片隅にはそんな思い上がりがありました。しかし、JCの聖書そのものから学ぶスタイルは、私のプライドを砕き、神の完全な基準に照らし合わせた時、こんなにも自分の考え方や態度は外れているのだ、と気付かされました。普通ならがっかりして落ち込むところですが、不思議とそれが嬉しく、楽しみになっていきました。JCの一人一人が聖書に親しみ、神の言葉をよく知っていることにも驚きました。だからといって上から目線でなく、「私たちは互いに工事中(不完全)だから、お互いに工事を助け合う」という姿勢で成長を励まし合っていることに魅力を感じました。

 

2)奉仕について学べたこと

「平日もクリスチャンの働きをしているから、教会での奉仕はなるべくやりたくないなあ」と思っていました。しかし、JCにしばらく通って気付いたことは、奉仕は強要されるものではなく、本人の自発性に委ねられている、ということでした。ある時、牧仕が「奉仕は互いに愛し合うための機会」と言っていたことが心に留まり、「じゃあ、月に1回くらいなら…」と賛美チームに入ることに決めました。定期的に奉仕者のための聖書の学びがあり、これまで「いやいやながら」「自分のために」「人からの目を気にして」奉仕していた自分に気付かされました。そして、「神の愛に応答して、自発的に、キリストのからだを建て上げるため、神と人に仕える」という原則を教えられる中、少しずつ、奉仕に対する見方や姿勢が変わっていきました。

 

JCから離れた今は

宣教団体のリーダーから、名古屋地区の担当になることを祈ってほしいと言われ、最初は戸惑いました。11年間通ったJCは、家族のような存在になっており、住み慣れた場所を離れる寂しさを感じました。しかし、神は、信仰によって踏み出すことを、聖書の言葉を通して励ましてくださり、名古屋へ行くことを決めました。引っ越す前の最後の日曜日、JCの皆が別れを惜しみつつ、心から祝福して送り出してくれました。名古屋での大学宣教の働き、新しい教会探し…右も左もわからないスタートから、神が一つ一つのことを導いてくださいました。もうすぐ2年が経ちますが、今でもJCで学んだことが糧となっています。

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